声をかける?スタッフK迷いの話

とあるスーパーにて。
車イスでお買い物されてる男性が
手の届かない棚も含め、品定めされてる場面に遭遇。
初めてお見かけした方でしたが、近くに店員さんもおらず
「お手伝いしましょうか?と声かけた方がよいかしら」
自分だったら気を使われるのは苦手なので
しばらく離れて気にかけていたら、
手の届く棚の商品を取り、去っていかれましたー
その日のうちに、ゲルの当事者メンバーさんに
「声かけてほしいか?」たずねてみたところ、
「届かない時は、自分から近くの人にお願いするけど、
声かけてもらってもうれしいかな」
ほかの方「こちらから声かけづらいので、声かけうれしい」
頼む側も声かけに迷うそうで
まわりが忙しそうだと、その日の購入をあきらめてしまうとも。
おおむね、
こちらからの声かけは、嫌な思いはしないというご意見。
声かけられる側もかける側も、その日の虫の居どころとかあるだろうし、
無理はしないけど、なるべく感じよく声かけたいな、と思いました。
クールに大丈夫だと言われたとしても気にしないで
また会った時声をかけてたら、いつかお友だちになれてるかも♪
コミュニケーションを楽しもうと思います

心のバリアフリーは、自動ドアよりもうれしいそうです♪
新型コロナウイルス感染拡大下、欧米ではすぐに、
患者さん・医療スタッフ・障がいある方・ご高齢者への
身の回りのこと手伝うボランティア登録が立ち上がって
何万人もの応募があったりしてますが、
日本は…
アメリカで生活している友だちが
子供たちを連れてると「かわいいねー」と知らない人も話しかけてきて
ベビーカー持ち上げるのとか普通に手伝ってくれるから
子育てしやすい、と話してたのを思い出します。
宗教的に、奉仕の精神が根付いているからかなー
フランク、フレンドリーな国民性だから
日本人て自分もですが
「人に迷惑をかけてはいけない」意識が強い。
家の恥を外に見せないという美徳が、
勤勉な日本人の、ある種の原動力になっているのかもしれないけれど
核家族化が進んだいま、その先は、もしかしたら孤独
災害などに脆弱な社会が待ってるかも。(完全なる私見です)
ボランティアというと
受け手と仕手の関係になってしまうから、私は好きじゃないですが
気兼ねなく助け合える関係が広がっていけば
「医療従事者差別」みたいなことも減っていくような気がしました。





梅雨を前に
雨の日の、自転車族スタッフKは
コロナでなくとも、うちにこもり
雨天が続くと、冷凍食品とカップラーメンの日々
(私、自炊しないので!笑)
近くのコンビニくらいは、歩きで傘差してなんとか
車イスの方はみなさん、傘差せない…
ストレッチャー芸人のあそどっくさんは、YouTube配信にて
「コロナの今は、ヘルパー派遣元が
いっしょの外出を控えることに決めてる」
利用者、介助者
一人でも感染してしまうと、すべてのサービスがストップしてしまい
多くの利用者さんが、生活が立ちゆかなくなるので
仕方ないとのこと…
いろんな話を聞いて思うこと。
利用者と介助者の関係だと、コロナに限らず
ルールの中のサービスしか受けられない、
時間とお金の制約が。
ふつうの「助け合い」なら、もっと自由にやりたいことができるのになぁ
自由には責任がともなうので
自分たちで責任が負える範囲か、よくよく考えて行動しないとですが。
世の中自粛解除モードですが、介助なくして生活できない方々は
まだまだ警戒ムード。私も、お弁当やらを届けます。
会の活動では、私も助けてもらうことがいっぱいなので
決して一方的ではなく
本当は「当事者」て言葉も、なんなのです
誰かが「ありがとう」という
私が「ありがとう」という
また誰かが「ありがとう」という
思いやりと「ありがとう」のリレーが
コロナの感染力より先に、ぐるっと世界を駆け巡りますよーに

